任天堂
任天堂の歴史 その1 創業期から〜任天堂の誕生日
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ファミコン30周年の記事を書こうと思ったとき、ファミコンの歴史を振り返ることに違和感を感じ、ファミコン登場前までさかのぼるべきじゃないかと思い、練っていたところまとまらず、視点を変えて素直にファミコンに絞って書いたのでした。しかもファミコンの誕生日である7月10日を過ぎちゃってから。

ファミコンに絞った歴史を人類の歴史に例えると、任天堂の歴史は地球の歴史に相当する…なんて書くと、かなり大げさすぎますが、知っておく価値はあります。
調べてみると、Wikipedia - 任天堂に、かなりいろいろと載っているのですが、リンクに飛んでみると「あれっ? 矛盾してね?」というポイントにぶちあたります。
このサイトに限った話ではありりませんが、社名の遍歴については、堂々と間違えているところが多いです。
都度洗いなおしてみると、Wikipediaの記事のソース源になったのはこのサイトかな?とか、いろいろと触手が伸びました。
創業期からのことをできるだけ正確に把握したいと思って調べてみると実に面白いです。
なんといっても、操業開始が明治22年…平成元年からちょうど100年前
江戸時代が終わって、世の中がどんどん動いているとき、そもそも「花札」とはどんな存在だったのかについてだけ着目しても軽いタイムスリップができました。
以下、ほんのさわりですが、シンプルにまとめます。

1889年9月23日
(明治22年…平成元年からちょうど100年前)
木版工芸家の山内房治郎が京都市下京区で花札の製造&販売業「山内房治郎商店」として創業

1902年(明治35年)
骨牌税が導入され同業他社が続々撤退する中、日本初のトランプの製造を開始
村井吉兵衛の協力を得て、当時の日本専売公社と交渉してタバコ流通網と共に花札・トランプの全国販売を開始
日本有数の花札・トランプ会社となる。

1929年(昭和4年)
山内積良が家督を継ぎ、2代目社長となり、「山内房治郎商店」を母体に「合名会社山内任天堂」を設立する。
販売子会社として株式会社丸福を設立。(丸福は山内家の屋号)
任天堂の基盤を固めていく。
(山内積良は婿養子)
※この記事には、徐々に加筆していく予定です。



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2013/09/12 

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